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でじはうす : プラスアルファな情報を熱量込めてお届けします(旧・なつみ憂のブログ)

無駄な仕事に耐えることがサラリーマンの本質だと気づいた

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仕事の本質 = 無駄に耐える

仕事というのは実に無駄だ。無駄と非効率、その繰り返しが仕事なのだ。最近痛感していることである。

 

ベンチャー→大企業 転職で思ったこと

僕はここ数ヶ月の間に転職をした。前は正社員30名ほどのITベンチャー。今は1,000人規模の一部上場企業で働いている。

会社の雰囲気から何からあまりにもギャップがあり、今でもなかなか慣れない。とにかくありとあらゆることが違うのだ。

ベンチャーと大企業、それぞれのメリットやデメリットはいろいろある。ただここでは大企業で働いてみて思ったこととして「いかに無駄が多いか」ということをぶち撒けておきたい。

自分の仕事を改善できない

ベンチャーは小回りが効く。大企業は小回りが効かない。だからスピードにおいてベンチャーが有利である。これはよく言われていることだ。実際にそうだろう。ただそのメリットを活かして成功できるベンチャー企業はごく僅かではあるが。

大企業がスピードにおいて不利であるというのはどういうことか。これは端的に組織がデカイということによる。つまり意思決定やシステムの改善を行うために様々な手続きが必要だ。ベンチャーなら3日で出来ることが、大企業なら数ヶ月かかるようなイメージだと思う。

規模とスピード

僕はそれ自体に文句は無い。文句は無いというか、論理的に仕方が無いことだ。規模がデカいのだから、動かすのに時間がかかる。

問題なのは、その中で働く一個人として、気が遠くなるほどの非効率に耐えなければならないということなのだ。

「ここがこうなってたら、この作業は半分の時間で出来るなあ」と思う点が莫大にある。しかしそれはまず実現できない。部署や外注先にまたがるシステムであるため、そう簡単に改善できるものではない。改善することそれ自体がビッグプロジェクトになってしまい、本来の業務に支障が出来るだろう。

ベンチャーで働いていた時には、僕個人の力でいくらでも業務の改善が出来た。規模が小さくしょぼいシステムだったが、その分改善が簡単だった。

その時はそれを当たり前のように感じていた。今はそれが懐かしい。自分の作業を自分で改善できないだなんて! 

仕事は儀式

このような事を考えた結果、僕がたどり着いた結論こそが「大企業サラリーマンの仕事の本質 = 無駄に耐える事」説である。だから僕にとっては、今の仕事は利潤追求というよりも儀式に近い。

これはかつて人間疎外という言葉で説明されていたことで、その意味じゃあ誰もが気づいていることなんだろう。単に僕が世間知らずなのだろう。とにかく僕は「仕事 = 無駄」という現実を目の当たりにして衝撃を受けている日々なのだ。

 

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人間には本来扱うのにちょうど良い仕事のサイズみたいなものがあると思うのだ。僕にとっては、50名に満たない会社では自分に適したサイズの仕事が出来ていた。給料も高くは無かったし、小さい会社であることの不安もあった。しかし今思えば、真っ当に働けていたのはこっちのベンチャー企業の方だったのだ。

自分の仕事をコントロール出来ない。これに僕は耐えられるのか?

かたや今の会社では、圧倒的な不自由を感じている。不自由とは「休みが無い」とか「服装にうるさい」といった話ではない。自分の仕事をコントロールできないという問題なのだ。結果として目の前の無駄を改善できない。その事実に目をつむり、淡々と無駄な作業に耐えるのことが仕事となる。その対価として給与や安定を得る。

別にこれは大企業批判では無い。また、これは民間企業に限らず、大きな組織では一般的に起きていることなんじゃないかとも思う。

その意味では、人間が組むチーム = 利害をともにするチームというのは基本的に30人くらいがユニットとして丁度良いんじゃないだろうか。一人ひとりがシステムの改善に携われる規模として、そのくらいが限度なのではないだろうか。

 

 

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