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でじはうす : プラスアルファな情報を熱量込めてお届けします(旧・なつみ憂のブログ)

プラス思考ではクリエイティブになれない!抑うつがもたらす創造性に注目せよ

抑うつ クリエイティブ

参照:PRMF

巷ではとにかく「プラス思考であること」の重要性が謳われています。確かに自分に自信を持っている事はとても大切な事です。しかし実際には、表面だけポジティブであるように繕っている人や、プラス思考になろうなろうという強迫観念が強いだけで実際にはプラス思考でもなんでも無い人が多くいる様な気がしています。本質的に向上心・自尊心を保ち続けることはそれ自体が難しい事であると思うのですが、どうもプラス思考・ポジティブ思考という言葉が安易に使われすぎているようです。

プラス思考なら良いということは無い

また、プラス思考であれば全てがOKなのかというとそんな事はありません。自分に自信があるのと現状に満足してしまうというのは実は紙一重なのではないでしょうか。「ポジティブな私」を表面的に消費しているだけの薄っぺらい人間にうんざりする事が実際によくあります。

と、まあそんな事を日々考えていたところ、BrainPickingsという海外のサイトでこんな興味深い記事を発見しました。

タイトルを直訳すると「憂鬱と、憂鬱がもたらすクリエイティブの容量UPの素晴らしさ」。つまり、抑うつやネガティブ思考こそがクリエイティブな発想を多くもたらすというのです。世の中のポジティブ思考に対する考え方に少し疑問を感じていた僕としては、この記事には共感出来るポイントが多くありました。自身のメンタルコントロールに悩んでいるクリエイターの方々にも有益な内容だと思いますので、内容を翻訳して以下にまとめました。

 

ゴッホやニーチェに創造性をもたらしたもの

「手足を縛られて、暗闇の奥底に放置されているような絶望が私を襲っている。」ゴッホはある手紙の中で、自身の堪え難い精神的苦痛をこのように表している。しかしその苦しみ・抑うつこそが、ゴッホが素晴らしい芸術作品を生み出す為の原動力となっていたのも事実である。

デンマークの偉大な哲学者であるキルケゴールの日記には、「抑うつや憂鬱・悲しみの中にこそ幸福を感じる。そこから大きな力が湧いてくるのを感じるのだ」という記述がある。またニーチェも、一定量の苦しみが魂の成長に不可欠であると考えていた。

 

プラス思考への強迫観念は逆に人を不幸にする

現代の世界では、とにかく人は前向きでポジティブでいるべきであると言われる。プラス思考は確かに暗い不快感を打ち消す大切な姿勢ではるが、人の創造性を活性化するのには必ずしも役立たないのだ。エリック・ウィルソンの「Against Happiness: In Praise of Melancholy(幸福への反抗:憂鬱への賞賛)」という本にはこれについての詳細な考察がなされている。

現在地球上には大小さまざまな問題があり、多くの人がそれぞれに困難を抱えています。私たちは皆不安を解消する糸口を見つける為に、日々の生活に意味を見いだそうと努力します。

(中略)

ここにまた新たな脅威、 ーそれも黙示録的とも言える程の危険なものー を加える必要がありそうです。おそらく私たちには、文明の力・イノベーションをもたらす発想・詩文や音楽のインスピレーションそのものを失ってしまう日が、もうすぐそこまで来ているのかもしれません。私たちは不道徳にも、技術革新をもたらす精神世界を取り除くことを切望しているかのようです。すなわち私たちは、「うつ」を人為的に無くしてしまう世界に生きているのです。

 抑うつ状態や悲しみを消そうという私たちの欲望を念頭においた上で、ウィルソンは「幸福への妄執」がアメリカからもたらされているという一部の事実を指摘し、それが「創造的衝動の突然の絶滅」をもたらす事を警戒している。

 

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参照:AllFilmEverything

 

抑うつや暗さクリエイティブな思考をつくる

創造性の豊かさは光と影の間に生まれる

これには同意出来る。たしかに私たちの内的な世界やクリエイティビティというのは、プラス面とマイナス面、光と影の二面性とその間に広がるスペクトルの豊かさによって成り立っているのだ。それらが私たち一人一人の個性を形作り、よりクリエイティブでより意味のある仕事を成し遂げさせてくれる。

ただ注意すべきなのは、抑うつや倦怠感はそのままの状態では抑うつや倦怠感でしかなく、それ自体を賞賛するだけでは意味が無いということだ。ネガティブになりさえすればクリエイティブになれるかというと、話はそう単純ではない。ウィルソンの主張のポイントは、人工的にプラス思考や幸福感を膨張させて憂鬱や悲しみを切除してしまうことの歪みを警告している所にあるのだ。

とにかく幸福を強調して悲しみを押し隠し、理不尽な仕方で人生の本質をねじ曲げるようなアメリカ文化のあり方に、私は強い危惧を覚えます。抑うつや悲しみは辛く堪え難い感情であるのは間違いないし、出来る限り向き合いたくないものであるのは事実です。しかし、ミケランジェロの彫刻やモーツァルトの交響曲、ドストエフスキーの小説などは、そのような魂の煽動なくしてなし得たでしょうか?

 

ふさぎ込んでいれば良い、というものでもない。

ウィルソンはまた、生産的で創造的である抑うつ状態と、人間の心を破壊するような臨床的な意味での鬱病を明確に区別する事の重要性も強調している。

両者を区別するは、その「活性の度合い」です。私の考えでは非生産的な、つまり臨床的な意味でのうつ病というのは、心理的な不安定感が無気力感や無関心につながってしまいます。逆に人を突き動かす抑うつや悲しみというのは、現状に対する見方を変えて、より深い境地へ至ろうとするパワーをもたらすものではないでしょうか。

表面的な快楽や短期的な楽観は、真の幸福とは似て非なるものです。アメリカの文化にはそれを混同している点に大きな問題があります。

(参照: Brain Pickings

 

アメリカだけの問題じゃない

翻訳は以上です。いきなりキルケゴールやニーチェが出てきてびっくりしましたが、最初に権威を示す事で読者をフックにかける手法ですね。ライター・ブロガー目線でも非常に勉強になります。ただ「幸福に妄執するアメリカ文化」に関しての実例が欲しい所でした。おそらく本の中に書いてあるのでしょう。邦訳が出版されたら是非確認したいところです。

エリック・ウィルソン氏はアメリカ特有の問題として以上のような事を言っている感じですが、日本にもまったく同じ事が当てはまるのではないでしょうか。現状の苦しみから目を背けて、「プラス思考」という良さげな言葉で問題を覆い隠している人が周囲にいませんか? そして、その人は話していて面白い所がありますか?

抑うつをエネルギーに変えて仕事の成果に昇華できるよう、薄っぺらなプラス思考に陥らないのが大事だと改めて感じる記事でした。